第二章

6/16
前へ
/53ページ
次へ
   ………爆音?下からだが、何かあったのか?  宗はチラリと窓に目を向けたが、薬嗣に危害が及ばない程度の事だと判断して、お盆にグラスを乗せると、教授室へ顔を出す。  「そもそも。狸は人を化かすと言われ、狐や猫や狗等と同じく妖怪として扱われる事が多い。だが、狸の由来になった『天狗(てんこう)』は山海経によると、狸に似た首の白い獣で、猫のような声を出す。陰山に住み、蛇を食し凶事を防ぐ。彗星を差して天狗と呼ぶ事実もあるぐらいだ。日本の文献にも登場する。日本書記に唐から来た僧が大きな流れ星を見て「流星に非ず。これ天狗(あまつきつね)なり。」と言ったとある。彗星は昔から厄災を呼ぶと恐れ、崇められていた。崇められると言うのは、それだけの力を持っていると言う事になる。日本では良く、人を化かす妖怪などと言われているが、隠神刑部狸(いぬがみきょうぶたぬき)と言われる狸の長は元々、松山藩主より『刑部』と言う役職を賜っているし、守鶴(しゅかく)と言う狸は、お寺の住職10代に渡り使えてと言う話しだ。人間の見方によってその立場が変わると言う訳だな。では、何故そんな事が起こりうるか。俺が思うに、余りにも人間に近い存在だったからだと思う。今でこそ研究が進み、生態系が明らかになっているが……………何だ宗。俺の顔に何か付いてるか?」  「いいえ。翠樹教授の御講義、有り難く拝聴させて頂いております。ですが、流石に喉が乾きませんか?………月草事務長も十分反省しているようですよ。」  「呼び捨てで良い。……………あー………お前が怒っているのは良く解ったから!もう狸に無理は言いません!だから説教は止めてください。」  八朔は正座をしながら深々と頭を下げた。  実は狸が飛び出した後、薬嗣はずっと喋り続けていた。狸との出会いから、話しが膨らみ、民俗学からアプローチする狸存在迄、懇々と八朔に言い聞かせていたのだ。  「………反省したのなら狸に謝れ。狸はな、本当は俺なんかに構っていられないぐらい忙しいんだぞ。俺はみかんが好きだ。でも狸も同じぐらい好きなんだ。二人が歪みあってるのはイヤなんだ。」  薬嗣の言葉に八朔は素直に頷き、宗は笑顔のまま、眉間に皺を寄せたのは言うまでもない。
/53ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1000人が本棚に入れています
本棚に追加