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「蛍(ほたる)ちゃんの事なんだけどさ。」
八朔は勝手知ったる何とやらで、コーヒーを注いで、狸のパウンドケーキを取り上げで座った。
「ワシのケーキ!返せ!鬼っっ!!」
「食ってる暇あったら手を動かせ。服の納期は1週間後だぜ?」
「止めろよみかん。動物虐待は反対だぞ。で?蛍ちゃんがどうしたって?」
薬嗣は新しいパウンドケーキを切り分けて、狸に渡した。
「泉(せん)元民俗学部長のお子さんだよな?」
「ああ。」
泉 灯(せんあかり)俺の恩師で、元民俗学部長、現名誉教授。今年で70歳を越え、一応退官後、自分の好きなフィールドワークに世界中を飛び回る、俺の特異体質が効かない普通の一般人だ。
「この間、中国の山奥に行ってくるとか電話きてたな。で?その俺の恩師の子供になんの用?」
「……………ん―……。実はさ。俺の後釜に座って欲しくて。」
突然の事で流石の薬嗣も目を見張った。
「話しが見えんのじゃが。そもそも、その蛍ちゃんは何者なんじゃ?後、前々から聞いておったが、その小僧の恩師も何者なんじゃ?普通の人間で、小僧の体質が効かないのは珍しいからの。」
「ホントに普通の一般人なんだって。変なモノが見えるわけじゃないし、変な生物がうろついている訳じゃ無いし。蛍ちゃんは、そんな一般人な教授がフィールドワークの途中で拾ったらしい。教授には子供がいなかったし、教授の妹さん夫婦にも子供が出来なくて………。それで養子に迎えたって言ってたな。」
引き取った頃に、自慢気に民俗学研究棟に連れてきてたな。あの当時は俺はまだ、教授の助手だった。
「薬嗣の無謀さは間違いなく、泉教授の責任だよな。…………何だよ狸。」
狸はぬぬぬと唸り、八朔の頭に飛び乗る。
「じゃからの。何でその蛍ちゃんが、お主の後釜なんじゃ!」
そんな事か。八朔は頭から狸を剥ぎ取ると、目の前にぶら下げた。
「蛍ちゃんはな、千樹学園図書館高等部分室長なんだよ。解った?解ったなら早く衣装作ってね?」
鬼の笑顔で八朔は、優しく優しく微笑んだ。
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