第一章

6/15
前へ
/53ページ
次へ
   「蛍(ほたる)ちゃんの事なんだけどさ。」  八朔は勝手知ったる何とやらで、コーヒーを注いで、狸のパウンドケーキを取り上げで座った。  「ワシのケーキ!返せ!鬼っっ!!」  「食ってる暇あったら手を動かせ。服の納期は1週間後だぜ?」  「止めろよみかん。動物虐待は反対だぞ。で?蛍ちゃんがどうしたって?」  薬嗣は新しいパウンドケーキを切り分けて、狸に渡した。  「泉(せん)元民俗学部長のお子さんだよな?」  「ああ。」  泉 灯(せんあかり)俺の恩師で、元民俗学部長、現名誉教授。今年で70歳を越え、一応退官後、自分の好きなフィールドワークに世界中を飛び回る、俺の特異体質が効かない普通の一般人だ。  「この間、中国の山奥に行ってくるとか電話きてたな。で?その俺の恩師の子供になんの用?」  「……………ん―……。実はさ。俺の後釜に座って欲しくて。」  突然の事で流石の薬嗣も目を見張った。  「話しが見えんのじゃが。そもそも、その蛍ちゃんは何者なんじゃ?後、前々から聞いておったが、その小僧の恩師も何者なんじゃ?普通の人間で、小僧の体質が効かないのは珍しいからの。」  「ホントに普通の一般人なんだって。変なモノが見えるわけじゃないし、変な生物がうろついている訳じゃ無いし。蛍ちゃんは、そんな一般人な教授がフィールドワークの途中で拾ったらしい。教授には子供がいなかったし、教授の妹さん夫婦にも子供が出来なくて………。それで養子に迎えたって言ってたな。」  引き取った頃に、自慢気に民俗学研究棟に連れてきてたな。あの当時は俺はまだ、教授の助手だった。  「薬嗣の無謀さは間違いなく、泉教授の責任だよな。…………何だよ狸。」  狸はぬぬぬと唸り、八朔の頭に飛び乗る。  「じゃからの。何でその蛍ちゃんが、お主の後釜なんじゃ!」  そんな事か。八朔は頭から狸を剥ぎ取ると、目の前にぶら下げた。  「蛍ちゃんはな、千樹学園図書館高等部分室長なんだよ。解った?解ったなら早く衣装作ってね?」  鬼の笑顔で八朔は、優しく優しく微笑んだ。
/53ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1000人が本棚に入れています
本棚に追加