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ゆらゆらと換気扇に吸い込まれていく紫煙を見上げながら土方は先刻の銀時の様子を想い起こす。
夜、“仕事”に向かう母親を見送った後。銀時の気持ちが浮上するまでには些か時間がいる。この頃は“土方の家で一晩過ごせば翌日には帰ってくる”という確信が芽生えたのか、切り替えも早くなってきたが、やはり始めは何処か不安な様子が消えない。
……土方にとってはそれが寂しくもあり……仕方がないとは思いつつも多少腹立たしくもある。
―――俺じゃ足りねえのか。
そんな子ども染みた想いが胸をちくりと刺すのだ。
銀時の母親が育児放棄をしているわけでは無いのは分かる。一応、銀時を大事に思ってもいるのだろう。
だが。
夜。幼い銀時を他人に預け、一人着飾って男に逢いに行くような女に―――それがあの家族の生活費に繋がっているとしても―――自分は劣るのか。
仮に。
“また”あの女が懲りもせず家に男を引き込んだら。
そこまで考え、ほんの一年程前に起きたある事件を思い出してしまい、土方は煙草をぎりりと噛み締めた。
……銀時……………。
苦い味が口内に広がる。それが本当に煙草の所為なのか、それとも―――。
―――土方……俺……もう、嫌だァァッッ!!
記憶に谺する銀時の悲鳴。
あの時の衝撃は忘れられそうに無い。
ぶかぶかのシャツ一枚だけを羽織り、窓から飛び込んできた天使。
白すぎるくらい白い肌に醜く刻まれた鬱血の痕。
銀時は土方の宝物だった。
追従、冷笑、嫉妬が渦巻く世界で、他人と関わることへの煩わしさにほとほと疲れ果て。地位も将来も投げ捨ててやってきたこの小さな町で見つけた光。
大切だった。
この手で護り慈しみたかった。
その想いは今でも変わらない。
だから。
だからこそ。
銀時を穢そうとした者達を―――意図的だろうが、無意識だろうが―――赦せない。
そして自分の想いもまた……………。
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