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その夜。天に浮かんだ月はひどく赤かった―――。
無惨に喰い散らかされた果て。
今は未だ鮮やかに映るその赤も、直ぐに酸化し……濁った黒に変わる。
ぬるりとまとわりつく、その感触は決して心地よいものとは言えず。
どれほど清めても何処からか漂い、消えない……死臭。
一面の屍―――。
日々悪化する戦局。賽の目は最早“一”しか出ない。絶望。毎日誰かを喪い、何かを喪い……それでも戦い続ける。
眼下に広がる惨状。
脳裏に浮かぶ未来は常に悪夢を伴って―――。
高杉は……既にこの国の辿るであろう行く末を見抜いていた。
それでも。
傍らに光があった。
透明な銀色の光が、高杉の側で笑っていてさえしたら……何も恐れるものはなかった。
つきまとう悪夢も。
ざわめく死の気配も。
叶わない理想も。
彷徨う狂気も。
全て―――。
深秋の京の夜。少し風が冷たい。
高杉は赤く染まった月に背を向け、障子を閉めた。
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