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―――しゃらん……。
呆然としていたまた子は己の耳元で鳴った綺麗な音に驚いて振り返った。いつの間にか後ろへ回った男が髪にさしてくれたのだと分かると一気にその頬が赤くなった。
それは、鬼兵隊幹部としての、はたまた年頃の娘としての羞恥のためか―――。
二の句が継げないでいるまた子を後目に、男は武市にも何かを渡していた。妙に厳重に包まれた四角い―――説明されないでも武市のニヤニヤ笑いが全てを語っていた……。
「あれ、良かったんスか?」
軽く手を振り、奥への廊下を進む白い後ろ姿を見送るとまた子は武市に尋ねる。
「仕方無いでしょう。今更ってものですよ……貴女こそ、いいのですか?」
そう、今更……なのだ。
高杉が歌舞伎町で万事屋を経営している胡散臭い白髪の男に特別な……そりゃもう、とっくべつな!!感情を抱いているのは一部幹部の中では周知のことだ。高杉を敬愛するまた子にしてみれば、それは初めこそ受け入れ難い事実だったが……酒を呑む度に相手構わず惚気ようとする総督の姿を鬼兵隊の末端の者たちの眼から隠し……事ある毎に京の隠れ家を抜け出して江戸へ向かおうとするのを阻止し(大概は失敗するのだが)……時には青タンを作りながらもにやにや笑いとともに帰京する総督を迎えに行き……更に時折“お籠り”してしまった総督の部屋の前で何とか食事だけでもとるように声をかける(あれは万斉が何か晋助様に意地悪をしてるに決まってるっス!)日々を送るうちに、諦めとともに何かこう、最近は微妙に高杉を応援したい気持ちになってしまっていた。
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