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クリフはフィリップには目もくれず、細かい細工が美しい銀色のアーチャーをアイバーンに向かって構えた。
フィリップも見覚えがあるそれはラテン語で文字が彫ってある特製のクリフ専用の武器である。
「エンツォ」
「はいはい、分かってるって、クリフ」
エンツォも腰から愛用のマグナムを取り出し、アイバーンに向かって照準を合わせる。
アイバーンはその端正な顔に口元だけ笑みを浮かべ、両手を広げた。
引き金を引いたのと、黒いコウモリ達がアイバーンを覆ったのは同時だった。虚しく銃声だけが響き渡り、矢は目標物を失って所在なげに飛んでいく。
「ちっ」
そこにアイバーンの姿はなかった。
まるで幻のような一瞬を現実にするのは、舞い降りてきた黒い無数の羽根。
「なんだってんだ、お前ら!。せっかくもう一押しってとこで口説き落とせるっつー時にかっさらいやがって。あー、まじ胸くそわりー」
レオはこれみよがしに唾を床に吐きつける。
「口説き落とすどころかこっちが襲われそうでしたけど」
ボソリ、とフィリップはこぼす。
「った!!」
それを聞き逃さず、レオはフィリップの頭を平手で叩いた。
涙目のまま見上げてくるフィリップは無視した。
「はっ、あんなデカブツが好みなんて趣味が悪いぜ」
「エンツォ、言葉が過ぎるぞ。低俗な人間にお前が合わせてやる必要等ない」
「てめー、俺だってチェリーばっかで、インポになりそうだぜっ」
唾を飛ばすレオに返事を返す事なく二人は背を向ける。
「あのっ」
フィリップは立ち去ろうとする二人に思わず声をかけた。正確には現れてから一度も表情を崩さないクリフに、だが。 何か話したい事があったわけではない。ただ…そう、もっと一緒にいたかった。
あの白すぎる世界でクリフだけは輝いていた。白すぎて何も見えなくなっていたフィリップに唯一見えていたのはクリフの姿だけ。まるで、ミカエルのように神々しく、まさしく『神に似た者』の名を拝するに相応しい気品があった。唯一異なるとすればミカエルは剣を持ち、クリフは弓をかまえる点であろうか。
立ち位置は違ってしまったが、今でもこの思いは変わっていない。
クリフは歩みを止め、首だけで振り返りフィリップに視線を止める。
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