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一階にあるリビング兼キッチン。
そこからは、部屋に入らずとも即座に分かるほどに、香ばしい匂いが漂ってきていた。
その蠱惑の権化のような匂いに、腹を空かせて、尚耐えられる者など何人いようか。
無論、ここにいる海人はそれに耐えられず、急かされるかのように(実際に急かされているが)リビングへの扉を開けた。
その部屋は、特に特筆すべき物があるわけでもない、ごく普通のリビングだった。
朝のニュースを報道するテレビ、花が生けられた花瓶、それが乗っている長い棚、革製の柔らかそうなソファー。
しかし、勿論海人にとってそれらは見慣れた普遍的な物。
なんら彼の興味を引くに値しない。
ただ、海人はある一つには大いに興味を引いていた。
それは言うまでもなく、テーブル……の上に置かれた朝食の数々だった。
スクランブルエッグにソーセージ、サラダに焼いた食パンと、実に朝食らしい朝食。
しかし、朝の時間帯にはこういうさっぱりとした物が嬉しい。
海人はすぐにテーブルの椅子に座し、フォークを取って朝食を食そうとしたその時……
「お兄ちゃん、い・た・だ・き・ま・す・は?」
「い・た・だ・き・ます!」
「はいよろしい、召し上がれ。こぼさないようにね」
キッチンから出てきたのは、エプロンを身につけた少女、相良愛里(さがら あいり)だった。
名前や海人への呼称からも判る通り、彼女は海人の、実に良く出来た妹だった。
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