45人が本棚に入れています
本棚に追加
青年にとって、この形見は決して笑顔で眺めることが出来る代物ではない。
更に、これが一体何なのかすら分からなければ尚更のこと。
銀時計の針は全て止まっている。
壊れているのかと、整備用の開け蓋を探したが見つからず、時計屋に持っていってみても、
『うーん、分からない…。こんな代物は初めてだよ。開け蓋もなければ、止めネジすら見当たらない。しかも相当に古い物だから、下手に分解しようとすると、完全に壊れてしまう可能性がある。……ごめんね。うちじゃ直せそうにないよ、坊や』
…この様だ。
いっそ捨てようとも考えたが、それは駄目だという感情に襲われてしまい、無理に終わっていた。
得体が知れないとはこの事か。
青年は、最初の内は心を悩ませていたが、いつしかそれを放棄し、机の引き出しの奥に、長い間隠していたのだった。
…久しぶりの対面、とでも言おうか。
青年は複雑な感情を秘めながら、その銀時計を眺めていた。
まるで、冷たく暗い海の底のような眼をしながら……。
「お兄ちゃん、早くー! 冷めるー!」
…まるで固まったかのようになっていた青年は、その声によって、我に目醒めた。
「あ、ああ、悪い! すぐ行くよ!」
下に向かって声をかけ、銀時計を無造作に机の上に置く。
そして、ぱっと机の引き出しからはみ出ていた生徒手帳を取り、急いで階段を降りた。
『相良 海人』【さがら かいと】
そう、その生徒手帳には記されていた。
その名こそが、この青年の名だった。
最初のコメントを投稿しよう!