一章 襲来の夢

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青年にとって、この形見は決して笑顔で眺めることが出来る代物ではない。 更に、これが一体何なのかすら分からなければ尚更のこと。 銀時計の針は全て止まっている。 壊れているのかと、整備用の開け蓋を探したが見つからず、時計屋に持っていってみても、 『うーん、分からない…。こんな代物は初めてだよ。開け蓋もなければ、止めネジすら見当たらない。しかも相当に古い物だから、下手に分解しようとすると、完全に壊れてしまう可能性がある。……ごめんね。うちじゃ直せそうにないよ、坊や』 …この様だ。 いっそ捨てようとも考えたが、それは駄目だという感情に襲われてしまい、無理に終わっていた。 得体が知れないとはこの事か。 青年は、最初の内は心を悩ませていたが、いつしかそれを放棄し、机の引き出しの奥に、長い間隠していたのだった。 …久しぶりの対面、とでも言おうか。 青年は複雑な感情を秘めながら、その銀時計を眺めていた。 まるで、冷たく暗い海の底のような眼をしながら……。 「お兄ちゃん、早くー! 冷めるー!」 …まるで固まったかのようになっていた青年は、その声によって、我に目醒めた。 「あ、ああ、悪い! すぐ行くよ!」 下に向かって声をかけ、銀時計を無造作に机の上に置く。 そして、ぱっと机の引き出しからはみ出ていた生徒手帳を取り、急いで階段を降りた。 『相良 海人』【さがら かいと】 そう、その生徒手帳には記されていた。 その名こそが、この青年の名だった。
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