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「桜さま、本当にお戻りにならなくて宜しいのですか?」 菜月が、気遣わしげに聞いた。 今宵は管弦の宴があって、客や女房たちは殆んど母屋へ集まっている。 桜は、最初に御簾の内にいただけで、早々と自分の住まいである西の対屋へ戻ってきていた。 「菜月、戻りたければお戻りなさい。菜月の想い人も来ていたようだし…ね」 少しからかうように言うと、菜月がぱっと顔を伏せる。 桜は正装を解いて、今は寛いだ格好であった。 夏になると食が細るために、より細い躰は、その衣に着られているかのようにひどく頼りない。 夏の涼を求めて管弦の宴は開かれているのだが、客人たちの、主に対する透けて見える打算と自分の値踏みに、桜は吐気がしそうだった。 「……本当に行っていいのよ」 もたれていた脇息から振り返ると、菜月はぱっと一礼して裾を鳴らして立ち去った。 それを、淡く苦笑して見送る。 (想い人……か) 自分は来年にも入内しなくてはいけない。だから自分の想い人は皇子だということになるのだろうが、何も実感は湧かなかった。
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