終わりと始まりと

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   声の主は、還暦をとっくに過ぎたと思われるお婆さん。黄色い和服を着た、腰の曲がったお婆さんだ。  お婆さんは小さな手提げかばんから数珠を取り出すと、 「どうか、天国へ行けますように」  そう言って手をあわせた。周りの人達は、途中で立ち止まったお婆さんを横目に見つつも、注意をしたりはしない。豹柄のコートを着た中年女性が、軽く頭を下げて通り過ぎていく。  ――は?  わけがわからなかった。俺は混乱していた。なんで生きてる人間に向かって手をあわせる? どうして誰も奇妙に感じない?  きょろきょろと周りを見渡しているうちに、お婆さんが数珠を布かばんにしまい、立ち去ろうとしていた。俺は咄嗟にお婆さんの小さな肩を掴み、 「ちょっと、どういうことだよ!?」  と半ば叫ぶように尋ねた。  ――しかし、  お婆さんは何も気付かずにふらふらと去ってしまった。確かに、この手で、肩を掴んだのに。骨張った肩のカタチも、着物の滑らかな手触りも、はっきりと手に残っているのに。お婆さんの細い体は揺れることもなく、人込みに紛れて消えてしまった。 「どういう……ことだ?」  二十代の男である俺が、七十近いお婆さんに力負けした? まさか、お婆さんは足取りすらあんなにふらふらだった。
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