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どん、と。誰かが俺にぶつかった。その男性は走っていたらしく、結構な衝撃だった。茫然としていた俺は尻餅をつく。
だが、そいつはよろけたりもしなかった。本当に何事もなかったかのように走り去っていく。足元の花束が、蹴飛ばされて車道に転がる。
歩行者達の批難の視線が、男性に降り注ぐ。誰かが声を張り上げた。
「おい、死者に手向けられたモノを蹴飛ばしといてそのままとは、どういう教育をされてやがる!」
怒声の主を見てみる。それは知人だった。相模源三(さがみげんぞう)――通称源さん。俺のバイト先、その隣で店舗を構える雑貨屋の主人だ。髪と眉毛は全て剃っており、ヤクザみたいにいかつい顔をしている。その顔は何故か、泣きそうなほどに歪んでいた。
けれど、俺にぶつかった男性は既に走り去っていた。源さんは周りに聞こえるように舌打ちすると、黒いアスファルトの上に転がる白い花束を拾う。そして俺の前まで歩いて来た。
俺は源さんの名を読んだ。しかし、
「すまない、文人(ふみと)。やつは取っ捕まえて謝らせるから」
源さんは俺の顔を見ることなく、しかし俺の名前を呼んで、花束を弁当の隣に並べる。
俺はもう一度名前を呼び、肩を揺すった。源さんはびくともしない。つるつるの頭を軽く叩いた。気にもしない。
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