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ゴムボート
8月の風が
あの日々を想い出させる。
「ふうぅわぁ~い!」
葵(あおい)は海だ海だと騒いだ。
確かに…
360度、海に囲まれた無人島に僕たちはいた。
漆原が叔父さんのクルーザーに僕たちを招待したのだ。
葵が一緒だったのは偶然。
漆原のカノジョ、美佐が友だちを連れてくるといって現れたのが葵。
「何? ガッカリって顔はやめてよね。それはお互いさまなんだからっ」
葵はパンジー柄の水着で、美佐の手を引っ張り、波打ち際を跳ね回った。
僕らは一応、遭難している。
叔父さんはクルーザーを修理し、漆原は救難信号を発信している。
僕は…
「新庄!」漆原が呼ぶ。
「暇だったら薪でも拾ってこいよっ!」
うるせえよ。
無人島で何をすべきか分かる高校生が何人いるっていうんだ?
あっという間に日は暮れて、僕の集めた薪が役に立つときがきた。
きてしまったというべきか。
僕たちはこの何処とも知れぬ無人島で一晩を明かす決心をした。
「いやぁ、昔もこんなことがあってねぇ…」
叔父さんの昔話にみんな眠くなった。
翌朝、僕はふわふわと揺りかごに寝そべっているような不思議な感覚とともに目を覚ました。
空は真っ青に晴れ渡り、太陽の光が燦々と…
ピチャ、ピチャ
水の音もこんなに近く聞こえ…
いや、ホントに近けぇよ!
「あはははーっ、やっと起きた」
葵の顔が目の前に突然現れた。
ゴムボートに乗せられている…
「せぇーのっ!」
って…
ザッバァーン!
ふぐぅー、苦し…唇に柔らかい感覚が…キス、されてる?
海中で目を開けると少し染みたが、葵の唇が僕の唇に重なっている。
夜までクルーザーも直らず救助隊も現れず。
僕たちは叔父さんが採った魚を食べた。
次の朝、葵は姿を消した。
こんな小さな島でいなくなるなんて。
「新庄君…」
気付けば、もう日が落ちている。
美佐が心配そうな眼差しで見詰めている。
「新庄」漆原が真剣な顔で言う。
「何か食べたほうがいい。葵が見付かった時そんな顔じゃ逆に心配をかけるぞ」
そういえば、何も食べてない。
けど、どこへ行ったんだ? アイツ…
まさかっ! 僕は月の光で照らされた海のほうへ駆け出した。
漆原も叔父さんも必死で止めたが無駄だった。
僕は葵…あの子が煌めく月の彼方へ帰ってしまったんだと、そう信じた。
夕食のころに、
「あぁ、はらへったぁー」
と、真っ黒に日焼けした顔で彼女が帰ってくるまでは…
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