Clouds Water

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{華 無心にして 蝶を招く}という禅語がある。華は種から芽、芽から茎、葉を大きく育たせ、植物それぞれの最適の時期に自らを開かせる。大抵は華の時期は短く、それを知ってか、美しくもあり、また強ささえ感じさせるほど一心不乱に命を全うする。だからこそ蝶などの虫を招き、結果自身の繁栄に繋がる。蝶などの虫を招く為ではなく、ましてや自身の繁栄の為でもなく、与えられた命を生きる為、華は誇らしげに咲いている。故に人間も欲得や邪心を捨て、与えられた命を一生懸命に全うできたならば、どんなに素晴らしいことだろう。また、そのように命を生きたいものだ。 という意味の禅語を昔近くの偉い僧侶より聴いたことを最近になってよく思い出す。 私は京都で500年続く禅宗のお寺の長男に生まれ、現在は関東の本山で修行をしている。 大学を一年留年したので現在は25才、修行も2年目に入る。 氏名を桂木 康範(かつらぎ やすのり)というのだが、僧侶の世界では名前を音読みで呼ぶことになっているので、[こうはん]と言われている。 私は修行を一年で終わらせるつもりでいた。 一年間の修行で住職資格を得ることができるからである。 修行なんてきつくて、朝起きるのも早ければ、夜寝るのも早い。 そんなもの資格さえ取ってしまえば、とっととおさらばするつもりでいた。 その私がなぜ2年目にさしかかって、なおまだ修行を行う気持ちでいるのか? ある出来事がきっかけとなり、私の人間として、そして僧侶としての価値観を変えることとなったからである。
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