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「……能【ヌン】だ。俺の名前。何度目だろうなぁ、このやりとり」
能は重い空気の中、小さく呟いた。
「……能。やはり、オレはアナタを知らない」
ちらりと窓の外へ視線を移し、鍵に手をかける。
「哀しいな。テメェを逃がしてやった悪友だと言うのに」
逃がす?と問掛ければ、能は深く息を吐く。
「王【ワン】の長兄の手から、王の次男坊と手ぇ組んでテメェを逃したんだっつーの。それさえ忘れられたかぁ……」
「一条【イーティアオ】様?」
能の言葉の中に、微かな記憶を見付けた。微粒子程の、ほんの欠片くらいの記憶を。
「そうだ。テメェは一条の実験動物だったんだよ」
だから名札が着いているのか、と一人納得し、名札をいじくる。
「何の実験?」
名札の裏には、オレの生年月日らしきものと、性別が記載されていた。
「苦への完全なる克服と、狂への完全なる支配だ」
何処かの宗教でも有るまい、と思い乍、能の言葉に耳を傾ける。
「猫は理想に一番近かった。だけど、精神が保たなかった。其れで次男坊に相談して、共犯に成って貰ったつー訳。で、今度は英の馬鹿娘に狙われてるって、さっきの話に戻る」
頭がついて行かない。オレの脳の情報処理が追い付かず、疑問ばかりが生まれる。
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