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三沢はまだ闇の中だった。
闇。
それはアメリカ軍の偵察機や爆撃機から発見されないための工夫。
街灯は常に消され、室内は灯りの漏れないようにカバーで覆う。
誰もが細心の注意を払いながら生活する。
日本全土がそんな状態だったのだ。
その闇は自ら作り上げたものだったのだ。
夜間の空襲に備えて灯火管制ひかれるようになると、明りを家の外に漏らさないように厳しく注意された。
電灯を黒い布で覆ってしまうのが一般的だったが、被せれば光を拡散しないカバーも出来ていたのだ。
そんな中を、一組の男女が走り出そうとしていた。
浅見孝一と、形ばかりの祝言を挙げて妻となったばかりの八重子だった。
それは三三九度と言い、それを酌み交わすだけで立派な結婚式になる代物だった。
秩父札所一番、四萬部寺より山へ半里程入ると小さな里が現れる。
そこが八重子の生まれ育った三沢だった。
古くより秩父三十四札所への参道の一つとして、お遍路達を受け入れてきた土地柄でもあった。
人情深い里の人は、惜しみのない愛で行き交う人々を見守り続けていた。
八重子はこの地を離れたくないと思っていた。
でも憧れていた、愛する孝一との暮らしの誘惑には勝てなかった。
八重子はこれまで育ててくれた両親に心から感謝しながら、孝一と闇の中にある道を見つめていた。
敗戦の色が濃くなった昭和二十年四月。
でもまだ多くの国民はその状況を知らずにいた。
そんな中、二十二歳の孝一の元へ召集令状が届き、かねてより思いを寄せていた八重子の家へと向かったのだった。
そしてこの、闇をついての決行となったのだった。
孝一は甲種合格だった。
何時赤紙が来ても可笑しくない状態だったのだ。
未来への第一歩を踏み出そうと、二人は呼吸を合わせて何も見えない世界へと飛び出して行ったのだった。
勿論、不安は無いとは言えない。
それでも二人は幸せだった。
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