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人間としての危機感なのか、追い詰められた獣としての本能なのか、ともかく俺は本日初めて布団をあとにした。ただし腰が抜けた状態で、ただにこやかに笑みを浮かべるレナから後ずさるだけだ。背後には白壁があるばかりで、とても逃走には繋がりそうもない。
そんな文字通り必死の逃走も、たった三歩で追い付かれてしまった。もはや白壁の前の俺、まな板の上の鯖である。ん、間違ったかな。
「さ、お別れですね」
とうとうレナが目の前に拳銃を突き出してきた。少し目を上げれば彼女と目が合うだろう。が、何か行動を起こす間もなくその引き金は引かれた。
軽い衝撃のあと、突然全身の力が抜けた俺は為す術なく床へ倒れ込む。どさりと音がして視界が横倒しになった。この状態で見えるのはシィのすね毛にレナの生足、あとは再び真っ白になった俺の部屋くらいのものだ。あ、テレビ台の下に小銭落ちてる。
……普通、脳天を撃ち抜かれたなら即死だという。もちろんこのようにあれこれ考えるのも、本来なら不可能なはずだ。
ということは、俺は幽霊になったということではないだろうか。となれば善は急げだ。レッツ幽体離脱! は、無理なようだ。起き上がろうとしても指一本動かせない。
とすれば、これは走馬灯状態という奴だろうか。周りで起きていることが極端に遅く感じられたり、これまで体験してきたことが走馬灯のように脳裏に浮かぶとかそういう。
いや、それもなさそうだ。バレエダンサーのように片足で立ちながら、器用にもう片方の足で膝の脇のあたりを掻いているシィを等速で見せられては否定するほかない。
つまり結論として、俺は殺されたわけではなく、眠らされただけらしい。もちろんここで脳みそをぶちまけては後始末が大変だから、眠らせておいて後日人里離れた山中に埋められるとか……ハッ、そういえばさっきレナが『シィは半年間人間界で謹慎する』とか言っていただけにその線はかなり色濃いんじゃないだろうか?
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