第一話:天C

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 しかし茶封筒は空を切り、ゆっくりとではあるがちょうど振り下ろした形になった。その重さのために反動でシィの体が傾く。 「あれ?」 「その書類を受け取った時点で天使としての権限や能力は失効しました。以降、最低でも半年間は使用することができません。これは天使の初期講習で聞いたはずですが」 「そんな昔のことは覚えていないよ」  危うく倒れそうになったシィが、体の均衡を取り戻しながらぼやく。 「……まあ、私も忘れていたのですけど。なにしろ堕天する部下は初めてなので」  若干気まずそうにこう言うレナの前で、シィは俺の部屋の書棚に分厚い茶封筒を置いた。レナはそれでようやく気がついたようだ。小さい顔をふりふりと巡らし、部屋の中を隈なく見渡した。 「この部屋にお住まいの方はどこです? 騒ぎになる前に対処しなくては」 「ああ、レナ。それなんだけどね……」 「天使の存在を知られたまま放置していては大事です。下手をすれば堕天では済みませんよ」  シィは言葉で説明するよりも、まずは目で見た方が説得できると考えたらしく、狼狽してまくしたてるレナの前で俺を指差した。  すると今まで横顔、それもやや下側しか見えていなかったレナの顔が俺の方を向いた。西欧風の顔立ちだが、まだ若いようにも見える。言動からするとシィと同輩らしいのだが、見た感じ、まだ大学生くらいにも見える。それも童顔。くすんだ金髪と綺麗な青い眼が人形然としていて、非現実感を感じさせた。 「あら、いつからここに?」 「僕が堕ちてきて、それから君がやってきて、そして今に至るまでずっと君の足元にいたよ」  やはり茫然としてレナの顔を見つめていた俺の代わりに、シィが答える。 「や、やあ、こんにちは」  やっとの思いで言葉を吐き出すことができた。人を部屋にあげといて挨拶しないなんて日本人の恥だ。あれ、逆だったかな。 「はい、こんにちは。――それにしても好都合でしたね。探す手間が省けました」  スルーされた。後半はシィへの言葉のようだ。 「やっぱりやるのかい? アレ」 「もちろん。あなたは、人間界では普通の人間として暮らしてもらわなくてはならないのですから、天使の存在を知られたままではいささか問題が残ります」 「そりゃそうだね」
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