2/5

280人が本棚に入れています
本棚に追加
/1085ページ
 ──物語が始まる三年前。 「捜せ! 捜し出して確実に連れ戻せ! 多少術式を撃っても構わん、どうせ効果はない!」  レンガで造られた建物の間にある路地裏に、慌ただしく動く複数の足音と怒号に近い命令が響き渡る。  忙しなく動き回る音は四方八方、縦横無尽に路地裏を駆けずり回って、虫一匹逃さぬような気迫があった。 「くそ、どこへ消えた……ギルナ=トライスッ!」  音の中心にある、青い軍服を着こなした中年の男が悔しそうに歯を削る。  小一時間捜しても見つからないというのは、思いの外精神に負担を刻むものだったらしく、手に持っていた少女の顔写真と名前を握り潰した。 「もういい! お前ら、次へ行くぞ」  これ以上捜しても無駄と察したのか、主格の男が部下を集めて路地裏を出ていった。  元より人気の少なかった路地裏に、大通りから漏れてくるざわめきしか存在しない元々の静けさが戻ってくる。 「……ふむ、ようやく行ったか」  ぱきん、と脆さを連想させる音がして、レンガと思われた壁が蜘蛛の巣状に割れた。  そしてその中からは、一本一本を純金の糸で織ったような美しい短髪と、金色の真珠をそのままはめ込んだような瞳を持った、凜然たる顔つきの少女が氷を踏みしめて現れる。  どうやら元々あった隙間を氷で塞ぎ、その上からレンガ模様を描き擬態したらしい。 「私だって本来は不本意なのだがな。しかしタコの真似も、中々イケるものだな」  ぶつぶつと皮肉を言いながら、少女は壁の隙間から出ようとする。  しかし、耳を微かにつつく複数の足音。「またか」と少女はため息混じりに隙間に戻り、レンガ模様で擬態した壁を再度作って身を隠した。
/1085ページ

最初のコメントを投稿しよう!

280人が本棚に入れています
本棚に追加