千春と律

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 最近、律の様子はおかしかった。    でも、たいしたことはないと信じ込んでいた。こんな時期だし、なんにせよ自力で乗り越えるだろうと。  飛び出していった律のすぐ後を追ったが、なかなか追い付けずに教室からだいぶ離れてしまった。 「こら、律」  あたしは体育館に走り込み、なおも走ろうとする律の腕を掴んでぐぃと引いた。律はおとなしく立ち止まる。 「あたしからあんたが逃げ切れるわけないでしょ?」 「……」  律とあたしは同じバスケ部だった。あたしが部長で律は補欠。 「どうしたの? 体育館に何かあるの?」 「……」  引退してもう数ヶ月も経つため、さすがにお互い肩で息をしている。あたしは律の腕を放した。 「律?」 「……」  呼びかけると、どろりとした目を向けてくる。内心ゾクリとしたがかろうじて表情にはださない。 「戻ろ。ここにいたってしょうがないでしょ?」 「千春」  律が、どろりとした目であたしを見ながら言う。 「な、何?」 「ち、ちはる?」  ひ、と声が出た。ワンテンポ遅れてそれがあたしの声だと気が付く。  律から植物が生えている。  右肩から、それはにょきにょきと生えていって白い花を咲かせた。 「ちは、るぅ」 「うあ」  後はもう一斉だった。  律のウデから律のクチビルから律のアシから律のヒトミから、産毛のように緑の芽が生えて生えて生えて、蕾が膨らみ、白い花が咲く。 「ち、ちは、たすけぇ」  律が私の手首をがっと掴んだ。  頭の中が真っ白になる。    ガターン 「うわあああああああああああああああっ」  律が……違う。白い花の塊が、倒れた。突き飛ばしたから。あたしが。あたしが全力で振り払ったから。  律、律はどこだったっけ?  ここにいる。ここで、白い花に埋もれて――。 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」  気が付くと走っていた。  逃げたくて、逃げたくて。  振り払いたくて、振り払いたくて。  ナニヲ?  あの白い花を。  走っても走っても追いかけてきているような気がして。記憶の中からあの白い花を消し去りたくて消し去りたいのに。  気が付くとあたしは押さえつけられていた。 「花があああああ! 白い、白っは、花がああああああああ」  逃げなくちゃいけないのに。逃げないと。 自分の悲鳴だけが頭の中で確実に響いていた。
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