千春とお守り

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「千春?」  母が心配そうにあたしを覗き込んでいる。気が付けば聖はもういない。  しかし聖の持ってきた白い花はまだあたしの手の中にある。あたしはそれを全力で床に叩きつけた。 「え? 千春?」 「あの花、捨てておいて」 「……え?」  母が不安そうな顔をする。 「お願いだから、あの花捨てて」 「……千春、何言ってるの?」 「だからっ! あれ捨ててったら!」 「いい? 落ち着いて。花なんてどこにもないし、あなたのこと不安がらせるものなんてどこにもないのよ」  あたしは母を睨み付けた。 「あの白い花が見えないの?」 「いい? 誰にも花なんて見えてないの。わかる? あなたの見ている花なんて存在しないのよ」 「……え?」  あたしは床を見た。白い花が落ちている。 「大丈夫。何の心配もいらないから……とにかく今はゆっくり休んで、ね? 疲れてるだけなのよ、きっと……」  母はそれだけ言うと部屋から出ていった。  あたしはもう一度床を見る。やっぱり白い花がそこにある。  なんなんだよ。  ポツンと声が出た。膝を抱えて顔をうずめる。律の顔が浮かんで消えた。 「ごめんね」  手首を掴まれた時の感触がよみがえり、からだが震える。 「ごめん、ごめんね」  あたしには逃げることしか出来ないみたいなの。しかも、逃げ切ることすら出来なくて……。  膝に顔をうずめているのが息苦しくなって顔をあげる。     ――と。
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