Red

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恐怖ですくむ身体を無理矢理奮い起こし、抵抗を試みる。 ―■■■■ ■■■■(土は創世 私は放つ)― 今は既に失われた言語で私の身体に眠る魔術を発言させる。 途端に乾いた砂の土壌が、少年を襲う様に勢いよく弾けた。 少年がひるんでいる様子を確認するまでもなく、私は魔術を発言した瞬間に走りだす。 言い様のない恐怖。 それはまるで蔦の様にしつこくまとわりついてくる。 走れども走れども、その恐怖は一向に私から離れる事はない。 怖い恐いこわいコワイコワイコワイコワイコワイコワイ。 私はまだ死にたくない。 叫びたくなるが、乾ききった喉は何の音も発しない。 あぁ、何たる事だ。 私はただ自分の研究の為に、動いていたに過ぎないと言うのに…… 私は魔術師だ。 組織には属さず、自身の為に、自身の血族の為にこの力を伝承していく者だ。 人が知る神秘より更に上の神秘を、人が拒絶する絶望の更なる先を嫌でも見てきた。 故に人が恐れる事には恐怖せず、歓喜する事には喜べ無い。 つまりは、良くも悪くも『耐性』がついてしまったのだ。 実際、私はこの人生の中で感情が揺らいだ事など数えるほどしかない。 しかし、どうやらその『私』はハリボテだったらしい。 私は魔術の腕にも、武道や戦いの腕にも自信があった。 そこらの刺客ごときには負けるはずもない。 それなりの強者とも渡り合える腕だっただろう。 そんな私が今では純粋に恐怖している。 『私』と言うメッキは剥がれ落ち、ヒトとしての原初のワタシが恥も外聞もなく逃げている。 あの少年とは戦った訳でもない。 魔術をかけられた訳でもない。 ただ、目が合っただけ。 それだけでワタシは何十年と積み重ねてきた『私』を脱ぎ捨ててしまった。 この身が朽ち果ててもと、足を無我夢中で動かし続ける。 そこでふと、あの死の恐怖が消えていた事に気付いた。 安堵の気持ちから、速度を落とし、その場に呆然と立ち尽くす。 ―生きている…… その事を認識して、息を大きく吐き出した途端。 「良かったな。お前は間違いなく幸運だ」 消えていた恐怖の原因が、背後からかぶさりワタシの首に何かを当て、そのまま引ききった。 吹き出すアカイ何か。 朦朧とした意識の中でそれと少年の瞳が重なる。 途切れる意識の最果てで見たものはクロとアカの瞳だった。
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