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事の始まりは半年前……。
「友くん、びっくりしないで聞いてくれる?」
食事中に母親があらたまった様子で切り出してきた。
だが、彼女のもったいぶった言い方はいつもの事なので、その時も身構える事もなく、下手なお笑い芸人が笑いも取れずに画面から消えていくのを気のない返事をしながら眺めていた。
「んー?」
「私、結婚したの」
「へぇ…」
また近所の誰かが愛想が悪いだの、そんな話だと思っていた俺は適当に相槌を打つつもりで、真面目に聞くつもりなど毛頭なかった。
だが、今回の発言は耳から通り過ぎた言葉を慌ててたぐり寄せた。
誰が結婚だって?。
「今、何て言った?」
「もう、ちゃんと聞いてくれなくちゃ」
仕方がない子ね、なんてまるで俺が散らかしたおもちゃを片づけられなかったかの軽さで返す。
言い返したい気もしたが、それよりも何よりもその前の言葉だ。
「母さん!」
「だからぁ、今日婚姻届けを出してきたのよ」
「だ、誰と誰が」
「そんなの、私と孝幸さんに決まってるじゃなぁい」
誰だ!?、孝幸って。
母さんが女手一つで俺を育ててくれた間に何人かの男性と付き合ってきたのは知っている。だがその都度紹介はあったし、結婚までいくことはなかった。
それなのに俺が知らない間に交際どころか入籍だと?。
母さんの突拍子のなさに呆れるどころか混乱に近い。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、俺知らないんですけど」
「今、話したじゃない」
「いや、結婚じゃなくて、それも重大だけど、そうじゃなくて、孝幸って誰?」
「あらぁ、私紹介してなかったかしら?」
そう言って母さんはいそいそと自分の部屋へ向かい、何かを持って戻って来た。
「うふふ、この人よ、孝幸さん」
胸の前に広げて見せる手帳、の中にびっしりと貼られているプリクラ。そこに写るのは年甲斐もなくたのしそうな母親の姿と見たことがない若い男の姿だった。
俺は信じたくなくて目をぎゅっと瞑る。
「ま、まさか」
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