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「う……」
男が身動ぎして小さく呻く。
なるべく楽な姿勢にしてあげると幾らかマシになったような気もするが、彼は時折苦しそうにうなされていた。悪い夢でも見ているのだろうか。
大丈夫なのかなこの人……。
自分は一体なんのために、ここに来たのやら。
さっきまで居た部屋に何気なく視線を流していると、テレビの横に陣取っているMDコンポに目が止まる。あれが俺の眠りを邪魔していたのか?
恨めしい思いが蘇ってきて無機物を見つめてみるが数秒後には視線の先は寝息を立てている彼に注いでいた。
うなされている寝顔を見ているのは気持ちのいいものではないが。
上條がここにいてもどうしようもないのだけれど今はこの人自身の事が気掛かりだった。
………………
何も見えない暗闇の中、俺は立っていた。
ぼお、と淡い光が何処からか灯り、少し離れた所で俯いている男の姿を照らすようだった。名前も知らない隣人と俺は向かい合わせに立っている。
俺は男の足元を見て目を見開いた。
何かを言おうと口を開きかけていたが、言葉は行き場をなくして吐息だけが虚しく漏れ出た。何を言おうとしていたのかも、もうわからない。
男の足――いや、この場合“足”というのは間違っているかもしれないが、そんなことはどうでもよかった。
――膝から下が、無かった。両足共に。
男は確かに、立っていた。
地につく足などなく、膝から下は背景の黒に塗り潰されている。
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