ユーレイとマドレーヌ

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「い、いえ…何でもない……です」 咄嗟に出てきた声は思いの外大きかった。上條は隣人を見上げる。 「顔のないあなたが夢に出てきてびびって飛び起きてしまいました」などとほぼ面識のない相手に報告する程の勇気を上條は持ち合わせていなかった。親しい友人なら笑い話にできると思うが。 当たり前だが夢とは違う生身の人間がそこにいる。勿論足も地についている。……さりげなく彼の足元に目を向けた自分がなんだか情けない。 「…………」 彼は黙ったままだった。 「昨日はここに来て寝てしまったみたいで……その、すみません勝手に」 上條は少し考えた末にとりあえず謝っておいた。どんな理由にせよ、無断で勝手に人様の部屋へ上がりこんでしまったのだ。 男の顔からは感情が読み取れない。無理もない、表情が見えないのだから。 しかし何となく彼が困惑しているように上條は感じた。よく考えたらこの人は昨夜自分がここに来たことなど知らなかったはずだ。その原因を作ったのはこの人にしろ。 「君が」 俯きがちな彼は呟くと口を閉ざして、そして再び口を開く。 何か言ってみたが上手く言葉にできず、もう一度言うことを考えているような間の取り方だった。 「起きたら壁に凭れて眠っている君が、いて……布団に寝かせた。……驚いた……」 ゆっくりとした控え目な印象を受ける口調である。 なんだ、この人……意外とちゃんと喋るんじゃないか。 これが上條と彼の初めてのまともな会話となった(会話と言える会話なのか微妙なところだが)。
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