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◇
――ピンポーン
無機質な電子音が響く、数十秒の後。
「はぁーい」と、ドア越しの奥から発せられたであろう女性の声が聞こえた刹那、話し声がしたかと思うとバタバタと駆けてくるような音が中から響いてくる。
ガチャと扉が向こうから押し開かれた。
「あの、こんにちは。先日隣に越してきた上條と申します。宜しくお願いします」
やや緊張感を保ちながら極めて簡単な挨拶をする。
「あらこんにちはー。近野と申します。こちらこそ宜しくお願いします」
相手も言葉を返し、穏やかで愛想の良い笑みを浮かべた。
出て来たのは二十代半ばから三十代前半に見える若い女性だった。ストレートなセミロングの自然な黒髪に、優しげな目元が印象的な人だ。年齢が幅広く見えるのは大人っぽい顔立ちが、笑うと目元から若々しさが滲むからだ。
片腕には赤ちゃんを抱いていて、もう一方はドアを押さえるために塞がれている。それにすぐ気付いた上條がドアを押さえると、女性はまた微笑んで両腕で赤ちゃんを支える。
その傍らには二、三歳くらいの幼い男の子がちょこんと立って上目遣いでこちらを見上げていた。
高校生?と聞かれ、答えると近野と名乗った女性は感心したように頷いた。
礼儀正しく真面目そうな好青年というのが女性が受けた上條の印象だ。
「これ少しですが良かったら……」
上條はタイミングを見計らって手に提げている紙袋を女性に差し出す。中身はちょっとしたお菓子だ。
「わざわざどうもありがとう」
ふわりとした笑顔を向けられ彼女にお礼を言われると、それでやり取りは終わった。
ドアを閉める間際、男の子へ手を振るとワンテンポ遅れて小さく振り返してくれたのが嬉しかった。無表情だったけど可愛かった。
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