憂夏

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憂夏

「軽いうつ病でしょう」。年若く、威厳の欠片もない医師にさえ、言われたその一言に、不覚にも一種の安堵を覚えた。大量の薬を抱え、趣もない無粋な扉を開けた。8月の太陽は虫けらを焼き殺す。 禁忌のはずの酒を買い漁り、久しぶりにわが家に戻る。部屋の鍵はかけない。取られるような物は、今のオレにはない。ドアノブに手をかけた。ドアを開けると、麻耶が「おかえりなさい」と、まるで今の今までの出来事とは無関係かのごとく言う。 「来てたのか?」 「お医者さんに行ったんでしょ?どうだったの?」 「ただの風邪のようなものさ」 「心の風邪なんでしょ?」 「ああ、たいしたことない」 「さあ、それはどうかしら?」「案外、重症かもよ」麻耶は少しおどけたように、料理を作りながら、言う。 なぜ知性も美貌も兼ね備えた麻耶が、オレのような出来損ないと一緒に過ごすのか、いまだに理解できなかった。 「あなたの冷蔵庫って、ほんとに役立たずよね。充実しているのは、お酒だけ…」 オレは冷蔵庫奥に放置していたズブロッカをグラスに注ぎ、一気に飲む。胃の当たりが熱くなるのと同時に、特有の干し草甘さがこみあげてくる。 「また、そんな飲み方する。そんなに死にたい?」 「誰もそんなこと言ってやしにい」 「言葉として発していないだけよ」 うまいともまずいとも言わないオレのことを一向に気にすることをしない。オレ自身、違和感を感じなくなった。 食べ終わると、麻耶は手早く片付け、 「なんかあったら、連絡して。て、してこないでしょうけど」 そう言い終わるが早いか、部屋から出て行った。
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