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背筋を駆ける悪寒。何故かはわからないけれど、論文を読み終えた辺りから、兎に角嫌な感じがしていた。
嫌な予感ほど当たりやすい。
よく云われる事だが、少年はこの時ほど自分を恨めしく思ったことはなかった。
案の定、論文を読み終えてから五分も経たぬ間に、自分のいる場所も含め警報が鳴り響いた。
「……何が、目的だ?」
ほんの少しでも、心構えが出来ていたからだろうか。あまり焦る事なく、少年は思考を巡らせる。
つい先程、いや現在も進行形で鳴り響いている警報は、数有る中でも緊急事態にのみ使用を許されていた筈だ。つまりは、それ相応の事態が起きている。
物事が変化するには、何か原因があってこそ。目的があってこそ。
ならば、この緊急事態の原因は、何の目的を持っている――?
「…、……!!!!」
ふ、と頭を過った大切な者の顔が、背筋を走る悪寒を増長させた。まさか、いや、でも、もしかしたら。
ぐるぐると思考が定まらない。絶望さえ感じてしまう。
(そうだ、確か、今日は…――)
朝から慌ただしかった屋敷内。本当に珍しく、笑みを作った父。数日前から顔を見ていない母。
嫌な予感ほど当たりやすい。
少年は、ぶんぶんと頭を振り回し書斎を飛び出した。
手に持っていた論文なんて、最早どうでもいい。己を苛む探究心など、後でどうとでもなる。
『新しい命が』
『お兄ちゃんに』
『無理をしては』
『愛しい子』
走っていても、頭は考えることを止めない。一度耳にした母の言葉が、幾つも浮かび上がる。
救護室からそこそこの距離がある書斎なんて場所にいたことを、幾ら動かしても前へ進む距離が短い自分の未発達な身体を、そして何より大切な人の笑顔を奪おうとする「緊急事態」の原因を。
怒り、恨み、少年は歯を食い縛った。
廊下を駆けていて誰にも会わない。
そんな不可思議な状況を、全く気に掛けずに。
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