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「それはそうと、お兄ちゃん」 「うん?」 「さっきから気になってるんだけど、その左手に書いてある〈サカイ〉って何?」 「あ…」  真奈美が目敏く見つけたのは、手のひらに書いた3文字の片仮名だった。  夜、明日の待ち合わせ場所と時間を坂井に連絡することになっている。  忘れないようにと書いておいたのに、書いたことすら忘れてしまっていたのは、それだけ関心がないからだろう。坂井が紙に書いて僕によこした携帯電話の番号はポケットの中。 「誰? サカイって」 「同じクラスの女子」 「女子ぃ?」  僕と同じく10時10分に固定された眉毛が、聞き捨てならないとでも言いたげに上下する。 「なんでそんなところに書いてあるの?」 「電話しなきゃならない用事があるから、ちょっとメモ代わりに」 「それだけ?」 「それだけ」  告白された云々は日本国憲法第38条に甘えておく。成り行きで坂井と明日の約束をしたけれど、きちんとゴメンナサイして断るつもりだし。 「なぁんだ。てっきり好きな子の名前かと思ったのに」 「そんなの手に書くか? 普通」 「書くよぉ。おまじないにあるもん、そーいうのが」  おまじないや占いの話を女の子がすると、何の根拠もないのに信憑性があるように聞こえるから不思議で。 「うちのクラスでも流行ったことがあるんだけど、左手の薬指に近いところに好きな相手の名前を書いておくと両想いになれるんだって」  信じる信じないは別として、左手をまじまじと見つめてしまう。親指の近くに書かれた〈サカイ〉は半分ほど消えて〈カイ〉になりかけていた。  坂井は僕の携帯の番号も知りたがったけれど、持っていないと嘘をついておいた。  実際、僕が持っていている携帯電話は母のものだったし、番号を知っているのも両親と真奈美だけだったから。  
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