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けれど、僕は坂井に携帯の番号を教えなかったことを思いっきり後悔することになる──。
真奈美と別れて家に帰ったら、玄関の前に救急車が止まっていた。
「──母さん!?」
開け放たれたままのドアから駆け込むと、こちらに背を向けて救急隊員と話をしていた父が振り返り、目で「大丈夫だから」と頷いた。
酸素吸入のマスクを口にあてがわれて担架で運ばれていく母の顔を、僕は言葉もなく見つめる。
何があったんだろう。
今朝の母は顔色も良く、いつになく上機嫌で、
「ふふっ。今日は絶好調~。和真くん、お弁当も作ってあげるからね、久々に」
と、鼻唄を歌いながら朝食の支度をしていたのに…。
母は生まれつき心臓が弱く、平均値の半分しか健康を持ち合わせていなかった。
心臓に負担をかけなければ普通に生活ができるけれど、僕が養子になる少し前にも大きな手術をしている。
一緒に乗り込んだ救急車の中で、父が経緯と現状を説明してくれた。
「電話に出ようとして立ち上がった拍子に発作を起こしたんだ」
母が倒れたとき、父は家にいたらしい。区役所に勤める父の帰宅が6時を過ぎることは滅多になかった。
「イタズラ電話だから出なくていいと言ったのに」
「イタズラ電話?」
「そう。5分置きに電話が鳴ってね。いわゆるワン切りってヤツで、1回鳴ったら切れる。どこの誰だか知らないが、まったく…」
普段は温厚でれいせな父も、当然のことながら今回は腹を立てていた。
ちょっとしたイタズラのつもりでも、我が家の場合、ときとして命に関わる。
手のひらに書いた〈サカイ〉は、すっかり消えて読めなくなってしまっていたけれど、もしかしたら彼女の仕業かも知れなかった──
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