序章

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〈子犬をもらってください〉  曲がり角の電信柱にも、さっきと同じ貼り紙。  コピーじゃない、一枚一枚が手書きの。  だけど、これが今日じゃなかったら、きっと気にもかけなかっただろう。  僕が篠崎家の息子になったのは、5年前の今日だった。  篠崎の父は病気がちで小さな子供を育てられない妻のため、可愛い盛りもとっくに過ぎた11歳にもなる僕を養子に迎えてくれた。  実の両親が事故で他界して間もなかったから、他人を「お父さん、お母さん」と呼ぶことには抵抗があったけれど、篠崎夫妻は実の息子同然に僕を可愛がり、こうして高校にも通わせてくれている。  でも、だけど。  何の不便も不満もない安穏とした日々の暮らしが思い知らせてくれるのは。  子供のいない寂しさを紛らすためにある僕の存在など、もらわれていく子犬と少しも変わらないこと。  犬よりマシな芸の一つでもあれば、そんなに卑屈にならなくてもいいんだろうけど、ね…。    
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