181人が本棚に入れています
本棚に追加
「う……」
急に冷静な口調に立ち返った辰蔵殿が、俺を呼び止める。
そう言えば、そんな事も……
貸しを持ち出されて、行きかけた足はぴたりと止まってしまった。
「松之丞!ちらッとでも漏らしやがったら、ただじゃ置かねェからな!」
俺の動揺を感じ取ったか、刀次が鋭い声で釘を刺す。
己だとて、先程口を滑らせたではないか……
「気にする必要はございやせん。あっしが手出しはさせやせんから」
辰蔵殿の口許は笑っているが、目は笑っていない。蛇に睨まれた蛙の如く固まった俺の体から、冷や汗だけが次々と流れ落ちて行く。
前門の虎、後門の狼とはこの事であろう……いや前門の鬼、後門の龍か?
そんなどうでもいい考えばかりが、頭を占める。
と、強引に首根っこを掴まれ、部屋から引き摺り出された。
刀次の仕業だ。
「親分、卑怯ですぜ!」
叫んで追いかけ様とする辰蔵殿に
「卑怯で結構!走るぜ、松之丞!」
捨て台詞を残して駆け出す。俺を引き摺ったままにだ。
後の事を考えると恐ろしい限りだが、ゆのか殿を巻き込む訳には行かぬから、仕方があるまい。
「松之丞様!今度絶対ェ話して貰いやすぜ!」
追い縋る様な辰蔵殿の声を聞きながら、刀次に外まで引っ張り出される。
最初のコメントを投稿しよう!