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俺の記憶の断片には、「あの子は望まれなかった子なのよ」とか「だからおろせばよかったのよ」とか、母のあまりにも強烈な言葉が残っている。
その当時、これらの言葉を理解できなかった俺は、数年経ってふと思い出した際に父に聞いたことがあった。
「美羽はどうして望まれなかった子なの」と。父の答えは、衝撃だった。そして俺は両親に幻滅し、はらわたが煮えくり返る思いだった。
父の話によると、子どもは一人でよかったらしく、母は妊娠した美羽をおろすことしか考えていなかったらしい。けれども父が猛反対して、結局出産することになった。それで母は子育てを余儀なくされてしまい、とうとう頭のネジがぶっ飛んでしまったのだ。もともと母は子育てに積極的だったわけではなく、俺の養育にも、時折「やっぱり生まなかったらよかったかな」とぼやいていたらしい。
父も父である。押し切ったのなら、しっかり母のアフターケアをするなり、子育てに携わるべきなのだ。それなのに父ときたら、母の変容にも美羽の子育てにもまったくの無関心なのだ。家庭を放棄しているとしか思えない。
そして今夜も、いつもと同じ光景が広がっていた。
夕食後、突然怒り出した母が、美羽をひっぱたいていた。美羽は泣き叫びながら、「ごめんなさい」と謝る。父は煙草を吸いながら夕刊を広げて、素知らぬ顔をしている。一度チラッと美羽と母に目をやったが、それ以降は見ようともしない。
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