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「あまりむちゃくちゃな願いは叶えてやれないぞ」
「じゃあね、兄ちゃんと一緒に逃げたい」
「え?」
思いも寄らない返答に、俺は呆気に取られた。もっと子どもらしく、可愛いぬいぐるみや、おもちゃをねだられるものとばかり思っていた。
「だめ?」
美羽は俺を見上げた。俺は美羽の苦しみを何一つ理解していなかったんだと、恥じた。また母親に虐待されると知っているのに、どうしてわざわざ家に戻ってきたのか。
俺にはまだ家を捨てる勇気なんてなかった。だから美羽には、母の虐待に耐えて欲しいと思っていた。俺が些細なプレゼントを美羽に与えて、それでご機嫌を取って、守ってやる兄ちゃんは味方だと安心させるために嘯いて……。俺は美羽にとって、嘘の牙城でしかない。
美羽の本当の願いは、物をねだることではなかったのだ。この苦しみからの脱却。そしてそれを叶えてやることが、俺にできる精一杯の報いのような気がした。
「いいよ、逃げよ、一緒に」
「ほんと? 美羽の願い叶えてくれるの」
ぱっと美羽の顔が綻んだ。
「叶えてあげるよ。鬼さん、怖いもんな」
美羽の願いを叶えるため、俺は登録者欄に、自分の名前、生年月日、性別、住所を打ち込んだ。嘘でもいい、ばかばかしくてもいい、騙されてもいい。俺は美羽の願いを叶えるために、ゲームに登録することにした。
最後に打ち込んだ「願いごと」欄には「苦しい生活からの脱却」と入力した。願いごと、というよりは俺と美羽の希望なのかもしれない。
世界なんて壊れてしまえばいい――。
ついでにみんな死んじゃえばいい――。
こんな腐った世界、いろいろな意味で疲れる人間関係なんて、苦しみに過ぎない。俺はこのゲームを通じて、美羽と脱却するのだ。失望に満ちた、自分たちの世界を変えるために。
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