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繰り返される日常は、美羽にとって地獄の日々だ。母の暴力に罵倒。美羽は何も悪くないのに「ごめんなさい」と謝り、泣き喚く。ごめんなさい、ごめんなさい、と何度も繰り返して、それでも母は美羽をひっぱたき、自分の苛立ちの捌け口にしている。
「美羽が悪いのよ」
母が美羽を叩くとき、散々に口にしてきた言葉だ。この人は、もはや人間ではない。壊れているのだ。鬼に取り憑かれているのだ。
母がおかしくなってしまったのは、六年前のことだ。俺が十二歳で、美羽が間もなく一歳を迎えようとしたときだ。母は突然、何かがプツンと切れたようで、花瓶やらリモコンやらコップやら手当たり次第に物を掴んでは投げて、家の中をぐちゃぐちゃに荒らした。ノイローゼというやつだろう。そのとき俺は母の変貌に怯え、美羽はベッドの上で盛大に泣き叫んでいた。
痩身の母は遠慮がちに、だけども幼児が怪我をしない可能な限りの力を込めて、美羽を叩いた。二度、三度、四度……回数を増すごとにそれはエスカレートしていった。内心では暴力に対し抑制力が働いていたのか、顔だけは手を上げるたびに抵抗があるような表情だった。
帰宅した父に取り押さえられ、なんとか事態は収まったが、今度は急に母が泣き出した。わんわんと子どものように泣き喚く。美羽もまだ泣いていた。
もう家の中は混乱状態だった。何がどうなっているのか、まったくわけがわからなかったし、母の変容振りも、俺には理解できなかった。
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