さよならに言葉はないんだ

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早鐘みたいに心臓が波打つ。 きっと原因はアルコールの興奮作用だけじゃない、と思う。 普段は中に立つカウンターに座り、ざわめきを正面からじゃなく背後に感じながら一気にロックのグラスをあけた。 急いてしまう自分と、隣で眉をしかめる相手を受け流すために。 「…医者の前でよくそんな飲み方しようと思うね」 「医者ったって、精神科医だろ?」 「アルコール中毒患者は精神科の領分なんだが…」 やれやれと呆れたように言う隣の男の爽やかさにイラついてしまう。 これっぽっちも俺の体調なんか気にしてないだろうに、ほざく口を縫いつけてやりたい。 「まあ、キミのカラダやココロがどうなろうと知っちゃことじゃないけどね」 一発、殴ってやろうか。 震える俺の拳に気づいたのか、やれやれと肩をすくめてそいつは手にしたグラスを傾ける。 おいおい、人のこと言えねーような飲み方じゃねえか。 カランとフルートグラスがカウンターに置かれ、同時にバーテンは慣れたように次のグラスを出した。 そいつはわざとらしいくらい爽やかに笑いかけてくる。 「僕のは、ノンアルコールだから。心配無用だよ?」 うぜえ。 うざすぎる。 昔の俺なら我慢してねえけど、今はガチガチの拳を緩めることくらいできる。 それでも喧嘩っぱやいのは治ってねえし、損だと言われようと俺の短気はどうしよりもない。 普段の、別の相手ならさっさと席を立っていたはずだ。 だが、こいつは別だ。 こいつには返せないほどの恩があるし、これからも頼りにするしかない。 なんてったってこいつは、6年間奏波の担当医だったのだ。 そして、これからも奏波を診てもらうことになるはずだ。リハビリと称して。 「…奏波くん、幸せになれるといいなあ」 「ったりまえだろ。俺が、奏波を、幸せにすんだよ。問題ねぇ」 「だから不安なんだけど」 「…っつ」 やっぱりこいつは好きになれない。 二杯目のグラスを空にしたあと、そろそろ帰ろうかとしていた俺とそいつは、突然の着信音で足留めされた。 出先はそいつの携帯電話。 失礼、なんつって少し離れた位置で電話に出てすぐ、そいつの顔色がザァっと青ざめた。 患者の容態でも急変したのか? 「奏波くんが…っ!?」 そいつの小さく叫ぶ名前に、俺の手からグラスが滑り落ちた。
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