座頭鯨は電報中

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一、退屈な中年  一周するのに五分もかからない公園で、私は退屈していた。ベンチに座り煙草を吸い、空を見上げるくらいしかやるべきことがなかった。枯葉が靴の上に乗り、手で払い落とす。  小さな男の子が警戒しながら私に近寄ってきた。たぶんこの子も退屈しているのだろう。しばらく空を見たまま知らんぷりしていると、私の隣に飛び乗って「とうっ!」と叫んで飛び降りた。男の子はそんなことを何回も繰り返した。 「退屈しているのかい?」と私は男の子に聞いてみた。だって聞いて欲しそうにしてるんだもん。 「うん、退屈だよ。とってもとっても、とてーも退屈だよ」  男の子は手を広げて、退屈さを空間で表した。 「お父さんやお母さんは?その前に学校は?今は平日の昼間だぞ」 「パパは仕事で、ママも仕事してるんだ。今日は秋休みで学校もお休み」 「最近の小学校には秋休みなんてあるのか!それは素晴らしい!」 「学区にもよるけどね。ところでおじさんって、性犯罪者?それともホモの変態?」 「おじさんは性犯罪者ではないし、ホモの変態でもないよ。どうしてそう思ったんだい?」 「だってパパやママや学校の先生が、平日昼間に公園で一人のおっさんは、性犯罪者かホモの変態だっていってたんだもん!」 「おじさんは退屈を楽しんでいるのさ」 「え?ウソどうやって楽しむの?教えて!」  男の子が目を輝かせながら私の隣に座った。私は腕を組み悩むふりをした。 「うーん、君には難しいかもしれないな。『なにもしない』ってのを楽しめるのは三十歳以上からなんだよ。かなりの人生経験が必要でね」 「なんだつまんない」  男の子は分かりやすく肩を落として地面をじっと見た。 「ごめんね、君も三十歳を過ぎれば私の言葉の意味がわかるよ」 「そんなに待てないよ。僕は今が退屈なんだ」  私は頭を掻いた。この先ずっと、大人になっても老人になっても死ぬ寸前になっても、世界は何も変わらず退屈だと教えてあげたかったが、男の子には少々残酷な気がした。そんなことを教えたら、夢や希望や未来がなくなってしまうからね。 「よし、ではおじさんが君に暇潰しの方法を教えてあげよう」  男の子は顔をあげて輝くような笑顔で私を見て、私の腕を揺さぶった。 「本当?教えて教えて教えて、早く教えて!」
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