座頭鯨は電報中

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「まず好きな女の子の名前をいってみて」 「どうして?」 「いいからいってみてごらん」 「えっとえっと、じゃあ、じゃあ、ユキエちゃん!」 「次にその子の肌の色とか髪型とか顔の特徴を言葉にしてみよう」 「焦げ茶色の肌に肩くらいまでの髪で、目が冷ややかなんだ」  男の子の前に、ぼんやりとその女の子のシルエットが浮かび上がってくる。 「なるほどね。確かに可愛い子だね」 「おじさん、見えるの?」 「ぼんやりと焦点がずれた写真みたいだけど、ちゃんと見えるよ。もう少し像がはっきりしたら、その子とお話をすればいい。最高の暇潰しになるだろ?」 「うん、おじさんありがとう!」  ユキエちゃんという朧気な像は男の子の横に座ってお喋りを始めた。私も素敵な女性とお喋りしようと「髪はショートボブで巨乳、ウエストはかっぱ巻き位に細く、口癖は『今からセックスしちゃおっか』でマイクロミニを着た看護師」と心の中で呟いた。  ぼんやりと看護師の像が浮かんでくるが、腹部はかっぱ巻きだった。変な比喩は使うべきではないな。 「おじさん、ねえおじさん」  像のかっぱ巻きを食べていると、男の子は私の肘を指でつついてきた。 「もうお喋りは終わったのかい、あれ?」  ユキエちゃんの像はもういなかった。男の子はうっすらと涙を溜めている。 「ユキエちゃんは、僕じゃなくて同じクラスのユウトくんが好きなんだってさ」 「そうかい。そりゃ残念だね」 「うん。とっても悔しい。おじさん、なんとかならない?」 「なんとかって、なにが?」 「だから、ユキエちゃんが僕を好きになるようにさ。おじさんお願い!」 「今のユキエちゃんは君が作り出した像だから、本物のユキエちゃんとは別のものなんだよ。だから、像のユキエちゃんがユウトくんのことを好きだとしても、本物のユキエちゃんも同じようにユウトくんを好きだとは限らないんだよ」  私の嘘を聞くと、一瞬男の子は固まったように動かなくなり、数秒後に大きく息を吐き体を弛緩させた。 「よかったぁ。そうだよね、今いたユキエちゃんは言葉で出現した想像だよね。今本当に真っ暗な世界が見えたよ」 「ところで、他にも暇を潰す方法があるけど、どうする?」 「うーん。楽なのがいいなあ。僕は今ので疲れてしまったよ」 「よし。では私の仕事の話をしよう。実はおじさん、世界中を旅している冒険家なんだよ」  私のウソに男の子は笑顔を爆発させた。
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