座頭鯨は電報中

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「本当?冒険家って、ジャングルの中で秘宝を探したり水中神殿の中を潜ったり、難破船から宝を探し出すあの冒険家?」 「まあね。おじさんはちょっと特殊な冒険家だけどね」 「おじさんスゴいや!ねえねえ、早く早く早く冒険の話をして!」  男の子は私の腕を掴み、揺さぶった。 「では昨年の冒険話をしよう。昨年の今頃私は同じように公園で退屈していたんだ」  公園のあちこちからゆっくりと水が湧き出て地表を覆い、水はあっという間に踝ほどの深さになっている。 「ねえおじさん。その冒険話に川か海か湖が出てくる?」 「出てくるよ。去年は環太平洋ど真ん中の深海神殿に行ったからねえ。はいこれ」私は男の子にホースを渡した。片端は浮き袋に付けられている。 「何これ?」 「水中はこれで息するんだよ」  水の勢いは激しく男の子は膝まで浸かっていた。 「やだ!死んじゃうよ!おじさんそのお話止めて!」 「わかったわかった。この話は止めるよ」  水は速やかに公園から消えていった。男の子はホースを放り投げる。 「ねえおじさん、もう少し簡単な冒険話ってない?」 「簡単な冒険話ねえ」と私は悩むフリをした。  公園の住人が鼻血を出しながら「お前等、地下鉄混んだら駅員が背中押してくれるんだぞ!宝飾品の原価率は十パーセントだ!」と叫びながら歩き、私と男の子を見つけるとジッと睨んだ。 「おじさんあの人なんだか怖いよ」 「あの人は公園に住んでる人で、水に驚いたんだよ。しばらくすれば帰るから黙っていようね」  公園の住人はしばらく睨んだあとに「マグロ漁船の船長に任命する。コストカットだ」と呟いてどこかへ歩いていった。 「なんだか僕、あの人苦手だよ」 「気にしない気にしない。じゃあ今年夏の冒険話をしようか。ベンチの肘掛けをちゃんと掴んだ方がいいよ」 「どうしてそんなところを掴む必要があるの?」 「今年の夏、私はちょうど同じように退屈していた。すると久しぶりに土星人が地球に訪ねてきて、私をアダムスキー型UFOに招待したのだった」  三、二、一、発射。  ベンチは足から噴出するジェットの推進力で勢いよく打ち上げられた。激しい振動で方向感覚がなくなるが、雲を越えた付近で振動は収まった。成層圏手前ではアダムスキー型のUFOが停留しており、私が乗ったベンチを迎えるために格納ハッチが開く。
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