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忘れたいと願っても忘れられないことがある。
田原雄二は小さく見える中学校の校舎を見ながら思った。
三階の窓際の一番後ろの席から桜を見つめていたことを思い出す。
散っていく桜は春の終わりを教えていた。
夏の訪れと共に白っぽい桜の花びらは少なくなり、みずみずしい緑の葉が初夏の日差しに輝いていた。
合宿は9月の終わりの三連休に行われることに決まった。
少し危ない気もするが、息抜きも必要だろう。
1日2日で成績が伸びれば苦労はしないが、日々の積み重ねが力になることも否定出来ない。
とはいえ、松尾ではないがそんなに勉強ばかりしていては脳みそがカチカチになってしまう。
風が吹くと熱しられた路面から暑い空気が吹き付けてきた。
窓に寄りかかって語り合う男女の組が見えた。
『田原くんは高校に行ったらどうするの?』
風に乗って聞こえた歩美の声に対する答えはまだ見つけられていない。
「悪い悪い」
と汗を拭きながらこちらに駆けてくる野々村に片手をあげて田原は応じた。
9月も中旬に入り、大分暑さもおさまって来たが、例年よりは暑い。
終わる夏の切なさが胸を締め付けた。
合宿に集まったのは松尾、保、野々村、三倉、高野と柏木晃の田原を含めて7人だった。
柏木は医学部を目指している。
医学部に行けるから頭が良いとか、偉いとは思わないが、自分達に勉強を教えられるのは柏木だけだろう。
痩せた体に、馬に似た顔。
運動は余り出来ないのは田原と同じだ。
「お前大丈夫なのか?」
と言った田原に「たまには良いだろ」と柏木が応じた。
「俺と野々村はまあ、そうだけどさ」
と隣にいる野々村を差しながら言った。
田原と野々村の志望校は共に偏差値は平均より少し上ぐらいだ。
偏差値で学校が順位付けされ、出身校で就職の合否が決まる。
それが正しいとは言えない事は分かっていたが、偏差値は受験生にとっては自分の成績と同じだけ重要な判断材料だ。
偏差値で志望校を決めたのが田原で、野々村は偏差値は高くないが、就職率等を含めて志望校を決めた。
理系の野々村は就職率が重要だが、文系の田原には就職率と言われてもパッとこない。
特別学びたい教授も居ないし、将来の目標もはっきりとしない。
とりあえず興味のある分野のある大学を探し、そこをとりあえず志望校にしたのが田原だった。
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