終わる夏に花を咲かせる

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これから成績が上がればより高い偏差値の大学を田原は目指すつもりだった。 偏差値がどうのというものの、将来のことを考えれば大学の偏差値は高い方が良い。 特に、理系の学部より、就職に大学で学ぶ知識が直結しない可能性が高い文系の田原達にとっては。 「それではみんな、食料は持ってきたな」 「遠足じゃないんだから」 と呟いた田原の声を聞きつけた松尾が「じゃあ食うな!」と耳元で叫ぶ。 「無茶なことを……」 と応じると「遠足じゃないんだからな。遠足は弁当を忘れても死なないが、合宿は死ぬぞ」とオーバーな身振りで松尾が力説しはじめる。 「どっちにしろ死なねえよ」 と言い「じゃあ食うなよ」と松尾に言われるより早くその場を後にした。 勉強は主に物理教室でする計画だ。 寝るのは合宿所で、テレビとDVDプレイヤーにクーラーも完備している。 「いくらここにかけてんだ?」 と日光をうけて光る白い扉の前に立ち、三倉が言った。 「たしかに」 と応じた野々村が鍵を開け、全員が合宿所に入った。 むんとした暑さと、フローリングのにおいが充満する空間は決して快適とはいえなかったが、それも松尾がクーラーを稼働させるまでだった。 「生き返るな~」 と松尾がクーラーの風に直に当たりながら言う。 涼しいを通り越して冷たい風を独占する松尾に不満の声を上げていた田原達も、フル稼働のクーラーが室内を冷やすに至って、松尾に類する言葉を口々に呟きながら冷えた畳に寝転がった。 ささくれだった古い畳からはカビたようなにおいがしたのだが、田原には気にならなかった。 涼しい室内に思い思いのかっこうで寝転がる一同の頭には本来の計画は無くなっていた。 「何しに来たんだろうな」 額に滲む汗を拭いながら言った田原に「たしかに」と柏木が応じた。 細く長い指が葱を細かく刻み、湯通しした後に氷水につけておいた冷奴に盛っていく。 見ているだけで涼しくなりそうな光景ではあったが、田原が格闘しているのはぐつぐつと煮立つ湯の中で踊る大量のそうめんだ。 ほっておけば良いのだが、あまりほっておけばくっついてしまう。 そんなものを夕食に出せば、避難ごうごうなのは目に見えていた。 タイマーが鳴る少し前に火を止めて、ガス栓を閉める。
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