終わる夏に花を咲かせる

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ざるに移して、水に通せばそうめんは完成だ。 薬味はねぎとみょうがで、柏木が切ったものだ。 それらを小皿に分けて盛り、大き目の皿には適当に水切りしたそうめんを分けた。 たれは市販のものを薄めて使い、氷を2つほど入れてある。 仕上げにそうめんの上に氷を載せ、その上から水をさっとかければ出来上がりだ。 栄養を考えるなら天ぷらあたりを付け加えるべきなのだろうが、あいにく天ぷらを揚げる技術もつもりもない。 「さて、持ってくか」 と柏木を促し、持てるだけ持ち、他のメンバーがくつろいでいるであろう部屋に戻ることにした。 食堂にクーラーはない。 理由ははっきりしない。 単純に資金不足か、若しくは他の理由か。 単純に資金不足だろう。 案の定、松尾達はごろごろとあちこちに転がっていた。 勉強しようという雰囲気すら感じられない。 「これで全部?」 と言った保に「もう少し残ってる」と田原が応じると「じゃ、持ってくるわ」と言うと、保は涼しい部屋を後にした。 「いやぁ、彼は違うね」 言ってみたが、誰も顔を上げようとしない。 「いやぁやっぱり彼は……」 「うるさい」 みなまで言わせず野々村が起き上がる。 思わず身構えた田原をよそにそうめんの盛られた皿とたれを入れる為の小鉢を机に配り始めた野々村がこちらを見る。 無視を決め込んだ田原がそっぽを向くと、残りの皿を持った保が現れた。 昼食の片付けは野々村と松尾の担当だ。 その組み合わせには多少の不安を感じざるを得ないが、この際は考えないことにした。 食後のだれた空気が降りて来そうになるのをなんとか堪えて部屋に残った田原達はそれぞれの勉強道具を持ち出し、思い思いの場所で勉強を始めた。 腹這いになりながら苦手な数学と格闘していた田原の脳裏をふと渡辺歩美の横顔が過った。 『高校に行ってから皆変わったね』 と寂しげに言った彼女の顔が離れなかった。 それが高校一年の冬の記憶で、二年近く経てばさすがに記憶も薄れるのだが、久しぶりに歩美と会った事で最近彼女をよく思い出すようになった。 泣いた顔は見たことがないが、怒った顔までなら見たことがある。 手を繋いだ事はないが、肩がふれ合うくらいの距離で歩いた事はある。 たが、それだけだ。 ノートから目を離し、起き上がった。 澄んだ空が痛かった。
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