終わる夏に花を咲かせる

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結局数学の勉強は諦めた田原は仰向けに寝転がりながら世界史の分厚い参考書を読むことにした。 好きな事なら飽きないが、嫌いな事は続かない。 我慢が足りないのは分かっているが、なかなかなおせないし、なおそうともしない。そもそもなおるものなのかと疑わしく思っていた。 夕方になればもう肌寒くなる。 夕飯は合宿の定番のカレーだった。 お世辞にも良い出来とはいえない代物だったが、それもまた合宿の良いところだ。 ルーの味は薄くて水っぽい。 野菜は固く、ごろごろとしている。 ご飯も固いし、サラダは千切りとはほど遠いぶつ切りだ。 保と三倉が予想外の料理の腕の無さを証明したことに暫し笑ってから腹を壊しそうだと少し心配しながらカレーを食べていると、空はすぐに暗くなっていた。 夜からも勉強する事になっており、田原は高野と協力して手早く食器や鍋を洗うと部屋に戻ることにした。 「お前、こんな合宿に出てつまんなくない?」 と部屋に戻る廊下を歩きながら田原は高野に聞いてみた。 「まあ、つまらなくはないですよ」 と曖昧な感想を述べた高野に「そっか」と応じて足元に目を落とす。 階段は下を向いて足元を確認しなければ進めない。 特に降りる時がそうで、小学校の高学年まではエスカレーターなどは論外だった。 そんな話をしたら歩美は『今は?』と聞いてきた。 『まあ、大丈夫かな』 と答えると『良かったじゃん』と言って微笑んだ。 にも関わらず修学旅行でエスカレーターを使う時は田原に気を配ってくれた。 「来年自分が先輩達みたいな立場になると思うと嫌になりますがね」 と階段も終わりに近づいて来た頃高野がぽつりと言った。 「悪いことばかりじゃないけどな」 と応じたのは、階段が苦手でいつも周りに遅れまいとしていた自分を待っていてくれた歩美の存在を思い出したからだ。 「例えば?」 と言った高野に「終わるまではわかんないもんさ」と多少的を射ていない答えを返したのは、やはり歩美の優しさに気づいたのがたった今だったからだ。 終わらなければ、離れなければわからないのは切ないことだと思う。 しかし、そんなこと全てをその時その時に気づいていたら重くてつぶれてしまうかもしれない。 部屋に入るとひんやりとした空気が田原を包んだ。 秋の夜の涼しい風に虫の鳴き声が運ばれていく。
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