終わる夏に花を咲かせる

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早朝の空気のにおいが田原は好きだった。 すえた臭気といわれればそれまでなのだが、何となく焦げたような、苦い空気の味は落ち着く。 輝度を昼間より一段階落としたような空はしかし、昼間より澄んでいるように見える。 田舎とはいえ昼間は騒がしくなる。 その騒がしさのない雰囲気が好きだった。 昼間に汚れた空気は夜間のうちに消え、昼間の喧騒に備えているかのようにどこか張り詰めてもいるような……。 横断歩道を渡ってすぐの場所には売店があり、その入り口の近くにはその他の店の例に漏れず自答販売機が置かれている。 まだ雑然とした店内を覗き、誰も居ない事を確かめた田原は諦めて自答販売機に小銭を入れて、紅茶を買った。 コーヒーを飲むと腹をくだす傾向にあり、余りコーヒーは飲まない。 缶を片手に高校とは反対の方向に歩き、交差点を左に折れると、左手に小学校がある。 そのまま進めば歩美の通う女子高だ。 そこを通り過ぎて、急な坂に向かった。 色づきつつある葉を纏った木々のトンネルともいえるその坂を下ると、狭い歩道に急なカーブの連続する自転車泣かせの県道に出る。 もちろん勾配は急で、歩くにしても大変だ。 その坂をしばらく下っていくと神社に着く。 長い石段は部活、体育を問わず新入生の体力づくりに使われている。 急な上に足場が不安定な為、バランスを崩して怪我をする生徒がごくまれにいる。 昔死者が出てからは走る量が減った。 その石段の脇には抜け道がある。 が、その道は私有地だ。 朝早いとはいえ、顔を合わせるのも気まずいと考えた田原は仕方なく石段をのぼる事にした。 出てくる時は脇道を使うつもりだったのに、いざやろうと思うと出来ない。 臆病なのは生まれつきで、そればかりはなおりそうもない。 合宿所に戻ると、酸っぱいにおいが鼻をついた。 慌ててにおいの出所だろう台所に向かう。 案の定、扉を開けた途端に凄まじい臭気が流れ出し、田原は鼻を摘まんだ。 「何したんだよ」 と鼻を摘まんだまま言った田原に「味噌汁をつくろうと思って」と松尾が応じる。 味噌を入れすぎたとか火にかけすぎたのではなく、味噌が原因なのは分かった。 いくら味噌を煮込もうとこのにおいはしない。 古い味噌を使ったのだろうし、中にはこういった類いの味のする味噌もあるにはある。
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