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今は楽しもうと思う。
嫌な事や辛いことを全て忘れて楽しまなければならない。
柏木がセールでまとめて売られていた花火を詰め込んだ袋を持って戻って来た。
『秋の前に咲く花は報われないよね』
と言った田原に『そんなことないんじゃない?』と応えた歩美の声が聞こえた。
『なんで?』と尋ねた田原に少し先を歩いていた歩美は振り返りながら『わかんない』と言った。
そのまま再び歩き出し、曲がる手前で『分かったら教えてよ』と言った。
確か、理科室の前の標本が飾られていた廊下だ。
何故一緒に歩いていたのかは忘れた。
窓の外には仲間達より一足遅く咲いた一輪の花が冷たい秋の風に揺れていた。
いつまで咲くのだろうか、と考えていた記憶はある。
歩美に何故そんな話をしたのかは容易に想像出来る。
話題がないから苦し紛れに言っただけだ。
もし、歩美が同意していたら話はそこで終わっていた。
今もあの時の会話は続いている。
歩美の中で終わっていても、田原の中では続いている。
答の出ない問題。
どんなに複雑な問題よりも難しく、あらゆる問題よりも重要で、しかし、最も考えられる時間を限定された問題。
「さ、行こうぜ」
と松尾が急かした。
着火用の器材をカチカチやりながら高野が続いた。
まだ食堂に残っている野々村と保に先に行っているように言ってからトイレに向かった。
用を済ませてから外に出る。
夏の終わりに咲く花を見たあの日と同じ風が吹き、ちぐはぐになった地球環境を田原に実感させている間に、パチパチともバチバチともとれる音を立てて、鮮やかな色彩の炎が秋の足音が迫る夏の名残を忍ばせた夜空をかけた。
『光はどこまで行くのかな?』
と言った田原に『見えるうちはどこまでも』と田原の口調を真似て歩美が言った。
『恋も同じなんだろうね』
と続けた歩美に答える言葉を田原は知らなかった。
1つ1つの季節の繋がりで1年があるのなら、1つの季節はその次の季節にも残るはずだ。
だから、季節の終わりに咲く花も報われるのだろうか?
多分、違う。
たこのように八本に広がる花火を手に取ると、田原は光を放つ一団に加わった。
終わる夏に咲く色とりどりの花は、硝煙の香りを放ち、短い輝きを夜の大気に刻んだ。
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