これまでとこれからとこの時

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『何がしたいんだろうね』 これまでもこれからも、今もずっと考え続けている。 『とりあえず高校に入って考えてみようかなって思ってるんだけど』 その頃になってから使い慣れた言葉で、僕は彼女にそう応じた。 『それで良いのかな?』 とからかうように彼女は言った。 『とりあえず選択肢ぐらいは見つけられるかな、とか思ってる』 それはずっと考えていた。 とりあえず進学校に入り、そこでなんとなくでも良いから進む方向を決める。 後は大学を選んで、とにかく大学に行く。 不確定な未来を考えても仕方がないとか思いながら、実際には不確定な未来が怖かった。 ―意外と考えてんじゃん。 渡辺さんにも同じことを言われたよ。 渡辺さんにもさっきと同じような言葉を、もっと子供みたいな単語を並べてたんだけどね。 『意外と考えてるんだ?』 と相変わらずからかうような口調で渡辺さんは言った。 『天才に向かって失礼な』 と僕は応じた。 いつもの恥ずかしさを隠すための言葉で、実際にはそんなことは思ってなかった。 いや、もしかしたらあの時はそう思ってたかもしれない。 でも、今はこれっぽっちもそんなことは思えない。 『じゃあ、将来は大物になるのかな?』 とそれをわかってた渡辺さんは楽しそうに言った。 『大統領かな』 と応じた僕に『現実的過ぎ』と渡辺さんは笑いを含んだ声で言った。 『じゃ、大将軍』 といった僕に『何、それ?』とおかしそうに彼女は笑ってくれた。 中学生と高校生の笑いのツボは違うみたいでさ、中学のつもりでいたら高校じゃ全くウケないのな。 ―よくすべってるよね。 おい。それは禁句だろ? ―あ、ごめん。 てのは冗談で、そんなこと気にしてないよ。 気にはなるけど気にしても仕方ないし。 ―まあ、そうだね。 『でも、やりたいこととか夢はあるんでしょ?』 僕の分の椅子も持った彼女はそう言った。 たしかに、誰かにいうのも恥ずかしいような、ものすごく不確定で、現実味のない夢はあるにはあった。 『まあ』 と言った僕に『なら、頑張らなきゃ』と言っただけで、渡辺さんは夢の内容は聞かなかった。 『うん』 と僕が頷いた時には新しい教室はすぐそこだった。 窓際の席からは校庭に植えられた沢山の桜が見える教室だった。
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