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3年生になった僕は、窓際の列の一番後ろの、1人ぼっちの席になった。
別に仲間外れにされたわけではなくて、公正なくじ引きの結果で、廊下側の列の3列目の席の渡辺さんとは、遠く離れた席だったけど、暫くは渡辺さんは水野さんと一緒にこっちに遊びに来てくれた。
『桜はなぜ散るのでしょう?』
とある日水野さんは言った。
中学生らしい話で、今思えば随分恥ずかしい質問だろ?
同級会の時その話をしたら水野さんは真っ赤になって恥ずかしがってた。
なら、最初からするなよって思うんだけど、後の事まで考えて話せたら、多分、それは嘘だよな。
『桜だから』
と僕は答えた。
ホントは桜は散るからこそ美しい、とかそれが美学だからとか、言いたかったけど、恥ずかしいから言わなかった。
『枯れるより良いからじゃない?』
と渡辺さんは言った。
ここで、彼女は大切なことを忘れている。
桜の葉は、枯れる。
桜はあの薄いピンクの小さな花びらだけじゃない。
でも、当時の僕たちにはそんな事は、関係なかった。
目の前に見える事だけが事実で、大人に示される事もやっぱり事実だった。
今ならある程度の社会のからくりは分かるようにはなったけど、あの頃は進学校に行って、偏差値の高い大学に行って、公務員になることが勝ち組になるために必要なことだと思ってた。
今でも目指してる方向は同じだけど、理由は全く違う。
この街で暮らすんなら、公務員になるしかない。
工業系の企業は多いけど、文系の畑を歩いて来た奴がその知識を生かす場所は余り無い。
おまけに数学がからっきしダメとなれば、経理に就職しても仕方ない。
だから、とにかく当面の目標は公務員になることってわけ。
ホントは、県外で暫く見聞を広めてから戻って来たいんだけど、それじゃ採用されないからね。
『ロマンチック~』
と水野さんは渡辺さんは茶化した。
『前までこんなこと言わなかったのに、どうしたのかな?』
と僕の方を見てそうも言った。
渡辺さんと僕は遠慮がちにお互いを見て、目があうと曖昧に笑って目をそらした。
それをまた水野さんがからかう。
あの頃は、優しい時間が僕を包んでいた。
春の空のようにぼやけて、不確かで、秋の空のように変わり易い、曖昧で漠然とした時間ではあったけど、その時間は今までの人生で1番確かな思い出で彩られている。
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