終わった季節を引きずるということ

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「お前、校則守れよ」 と松尾がべたべたとくっついて来る。 甘い香りが鼻をくすぐり、思わず――。 「離れんか!」 と一喝し、松尾を引き剥がした田原は、不気味なくらい良い香りのする松尾に心を奪われかけていた自分に吐き気を催した。 「馬鹿者!校則は破るためにある」 と高らかに言い放ってみたものの、体育教師の担任が教室に来る迄にはブレザーを身に纏っているつもりだ。 自分の臆病さが嫌になる、と田原は思った。 「後は俺が何人か誘うよ」 と自信ったぷりに松尾が言った。 ちょいちょいと女子の一団を指差した田原に松尾が苦い表情をするや「変態め!」と大声で言った。 「馬鹿者!」 と負けずに声を張り上げたがもう遅い。 クラスの目がこちらに集まり、松尾が手を振った。 その手を払い落とした田原に苦笑ともつかない笑顔を浮かべて女子の一団が再び会話に華を咲かせる。 「男だけは寂しいよな」 と言った田原に「勉強するんだろ?」と保がごもっともな意見で応じた。 「そういやそうだな」 と言った松尾がにやにやと笑う。 「勉強だぞ、勉強」 と息のかかるような距離で言った松尾に「分かったよ」と応じた田原は、汗で濡れたブレザーの袖を捲っているのが何故か色っぽい女子の一団に目をやってから、諦めのため息を吐いた。 「夜は花火しようぜ」 と寂しさ全開になるようなことをさらりと松尾が言う。 花火を向け合って遊ぶことになるだろう。 が、相手が男子だと至近距離で花火を向けそうで怖い。 ただでさえ松尾は加減を知らない。 「勉強するんでしょ?」 と保が今度は松尾に言った。 「勉強ばっかりしてると脳みそがカチコチになるぞ」 と先ほどとは違うことをさらりと言ってのけた松尾に軽いため息を吐いた保がこちらを見る。 「ま、良いんじゃないの?」 と誰にともなく言った田原は、窓の外に目をやった。 空は秋の色なのに、気候はまだ夏のそれを引きずっている。 終わった季節にすがる空は田原には、自分と似たものに見えた。
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