再会、それから

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渡辺歩美と再会したのは、松尾が合宿をしようと言い出した日から4日程後だったから、もい9月になっていたはずだ。 その年の9月は異常に暑く、湿気を含んだじとりとした暑さは汗を肌にへばりつかせたままだった。 そういう訳で、田原は松尾と保と3人で合宿の計画をたてながら校門をくぐった。 校門をくぐった先には横断歩道があり、そこを渡ると売店があった。 学生向けの商売をしていて、カップラーメンやパンが主な品物だったが、近くの住民の為に生魚や肉類も売っていた。 何故過去形かといえば、その売店は7月に閉店していた。 閉店の理由は万引きによる損害。 鬱陶しいブレザーを振り回し余計に暑くなった体をもてあましている田原になんともいえない笑みを浮かべて歩き去って行った日高美咲とすれ違うようにして歩美は彼の目の前に現れた。 こちらを見てくすくすと笑っている集団の中から一つ、小さな手のひらがひらひらと踊っていた。 「田原君!」 と呼ぶ澄んだ声に呼吸が一瞬止まり、息が苦しくなる。 集団の中から進み出てきた歩美の小さな体と、それを時折遮る車の流れ。 それら以外の全てが消え、残暑の厳しい暑さも、様々な色を放っていた周囲の環境も無くなり、白く、暑さも寒さもない空間に1人置いてきぼりになったような、そんな感覚に田原はとらわれた。 車の流れが途切れるのを待ってから歩美がひょこひょことこちらに走って来た。 おさげ髪の先は、癖っ毛で、少しカールしている。 柑橘系の甘酸っぱい爽やかな香りと、ほんのり桃色に染まった頬。 暑さに弱いのは貧血気味だからで、普段は大人しいのに好きな事は後先考えない。 好きな人にも後先考えずに行動する傾向があり、真夏の暑さは薄らいでいるとはいえ、ブレザーを着ていれば充分過ぎる程に暑いのに、彼女は走っていた。 咄嗟に一歩を踏み出したのは最初で最後のデートをした夏祭りに走った彼女が軽い貧血で転けたのを見たからだった。 案の定何もないところで躓いた彼女が田原の胸に飛び込んで来る。 柔らかい感触と甘い香りが瞬時に押し寄せ、田原は全身の毛穴が開くのが分かった。 好きだった柑橘系の香りではない甘い花の香りではあったが、顔を真っ赤にして離れた彼女はあの頃と変わっていなかった。 その勢いで車道に飛び出しそうな彼女の手を掴み引き寄せると八重歯を見せて彼女は微笑み、言った。
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