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「危ない危ない」
甘えているようなあの頃と変わらない口調。
夏でも日焼けを知らない白い肌が、強い日差しに更に白く見えた。
大きめな目と、澄んだ茶色の瞳。
きめこまかな肌は、自分のニキビだらけの肌を考えると、同じ人間であることが信じられなくなる。
すっと通った鼻は、ちょこんとした可愛らしい小鼻とどこかミスマッチだが、それすらも彼女の愛らしさを増幅しているように思えてくる。
ふっくらとした頬は暑さからか薄い桃色に色づいている。
適度な厚さの唇の色は薄く、少し黄色がかっているのが残念だが、冬になると真っ赤に色づくのを田原は知っていた。
身長は高くないし、肩幅は広めで、足も長くはない。
見上げるようにして見てくる彼女の額にはうっすらと汗がにじんでいて、それがなんだか艶かしいものに思えた。
「感謝の言葉は?」
汗ばんでいる小さな手のひらを離し、田原は言った。
「どうもありがとうございました」
おどけたようにぴょこんと頭を下げた彼女は頭をあげると夏の色を引きずった太陽も顔負けの笑顔を浮かべた。
訳のわからない事を考えている自分に田原が戸惑っていると「ブレザー、しわになっちゃうよ」と先程の光景を見ていたのか、彼女は言った。
「着込んでいる雰囲気を出したくて」
と以前と何も変わらない、的を射ていない返答を田原がしても、歩美は笑ってくれた。
胸が締め付けられるような痛みを堪え、彼女の目をまっすぐに見る。
「頑張れよ、受験生」
とどこか切実な雰囲気の声で言った彼女は振り切るようにして横断歩道に向かった。
慌ててその手のひらを掴み、引き寄せる。
クラクションを鳴らして車が通り抜けた。
「危ない危ない」
と振り返り、いたずらっぽく彼女は笑った。
「ホントに」
と応じた田原に「ま、田原君が居るから大丈夫かな、なんて思って、と爆弾発言をしておく」と彼女ははにかむように言った。
思わず手を離した田原に「またね」と言うが早いか、彼女は横断歩道の向こうで待っていた友達のもとに走って行った。
柔らかく湿った手のひらの感触を思い出していると、背後から首を掴まれた。
慌てて振り向いた田原に松尾と保が、さあ、説明してもらおうか、と無言の圧力をかけてくる。
慌てて飛び出した田原の目の前を車がクラクションを鳴らしながら通り過ぎた。
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