蛍と神風

19/29
前へ
/29ページ
次へ
「生き残りって・・・」 妻は待ちきれない様子で初老のマスターに話を切り出した。 「ええ、わたしの父はね、特別攻撃隊の特攻隊員として陸軍に所属していてね、他の隊員と同様に知覧を飛び立ったのだが、途中で機体が故障して航空不能になり、引き返してきたんだよ」  初老のマスターは煙草に火をつけ、ブランデーをグラスに注ぎながら話し始めた。 「そんな事ってあるんですか?」 「日本軍は追い詰められていたからね、軍資金も底をつき、少しくらいの故障なら修理せずに飛んでいたんだな」 「ああ、そういう事ですか・・・」 僕等は大きく相槌を打ち、事の次第を理解した。 「うん、しかし、わたしの父は生き残る事が出来たとはいえ、むしろその事が苦しみだった様だね」 「・・・苦しみ、ですか」 「ああ、死ぬことが目的ではなかったにせよ、戦友たちが散ってゆく中、自分だけ志半ばにして終戦を迎えた事を最後まで悔やんでいたよ」 「最後まで・・・」 「ええ、わたしの父は10年前に他界しました」 「ああ・・そうでしたか・・・」 暫く沈黙が続き、僕はグラスを片手にカミカゼを眺めていた。 妻も同じ様にして黙り込んでいる。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加