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「生き残りって・・・」
妻は待ちきれない様子で初老のマスターに話を切り出した。
「ええ、わたしの父はね、特別攻撃隊の特攻隊員として陸軍に所属していてね、他の隊員と同様に知覧を飛び立ったのだが、途中で機体が故障して航空不能になり、引き返してきたんだよ」
初老のマスターは煙草に火をつけ、ブランデーをグラスに注ぎながら話し始めた。
「そんな事ってあるんですか?」
「日本軍は追い詰められていたからね、軍資金も底をつき、少しくらいの故障なら修理せずに飛んでいたんだな」
「ああ、そういう事ですか・・・」
僕等は大きく相槌を打ち、事の次第を理解した。
「うん、しかし、わたしの父は生き残る事が出来たとはいえ、むしろその事が苦しみだった様だね」
「・・・苦しみ、ですか」
「ああ、死ぬことが目的ではなかったにせよ、戦友たちが散ってゆく中、自分だけ志半ばにして終戦を迎えた事を最後まで悔やんでいたよ」
「最後まで・・・」
「ええ、わたしの父は10年前に他界しました」
「ああ・・そうでしたか・・・」
暫く沈黙が続き、僕はグラスを片手にカミカゼを眺めていた。
妻も同じ様にして黙り込んでいる。
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